昨日、今日と雪が少しだけ積もり、まだまだ寒い長野です。

個展が終わってから、もう1ヶ月。
この間に、ドローイング制作をしていました。
紙の上で、久しぶりに新鮮な気持ちで取り組めました。

一昨年損保ジャパン美術館で発表したドローイングは、
ペンに墨を浸けて、アルシュ紙に描いたものでした。
黒い細かな硬い線を重ねていく仕事は、キャンバス同様に時間が必要です。

時間の制約や材料に縛られない自由な制作も、と考えるようになりました。

そこで、押し入れの奥からこれまでに集めて来た紙、描画材を取り出し、
足りない分は購入して研究を始めました。

試行錯誤の上で重要なことに気付きました。

私のキャンバス作品は、そもそもがドローイングであるという決定的な事実です。
遠くから見れば、ペインティングに見えますが、
近寄れば全てが線描で構成されていることをお確かめ頂けることでしょう。
下絵もなく、即興でキャンバスに線を重ねている作品なのです。

しかしまたもう一つ重要なことがあります。

ドローイングでありながら、輪郭線を描かないという手法だということです。

そして3つ目の要は、白いハッチングの線描です。

一つ目の気づきで、かなりトーンダウンして、
一時期はドローイング制作を諦めようと思いました。
しかし、その落ち込みから、考え方を変えたのです。
ドローイングではなく、「紙の仕事」(英語ではpaper works)
を持ちたいという自分の気持ちに気づくことが出来ました。

そのきっかけは、2005年にニューヨーク、グッゲンハイム美術館で見たジャクソンポロック展。
そのタイトルが「paper works」だったことを思い出したからです。
その時ポロックの紙の仕事にすっかり魅了されました。
全紙くらいの大きさの紙に、最初はキュビズムの影響を感じさせながら、
次第にドローイングに力がこめられて、
アクションペインティングの発見へと繋がる、
その過程を確認出来るような素晴らしい展覧会でした。

次の2つ目の気づきで、紙の制作に輪郭線を取り入れるかどうかとても悩みました。
輪郭は、画面に形を明確にし、明暗や構図を決める足がかりになります。
また、見る人を制作者のアクションや動勢、はたまた心の動きへと誘う魔法の杖とも言えそうです。
しかし、この輪郭線を必要としない制作に、
なぜ紙の制作で取り入れるのかという問題でまたつまづきました。

例えば、輪郭線を持たない作家としてターナーの素描を思い出してみました。
代表作の「印象ー日の出」に鉛筆などによるドローイングって残っているのでしょうか?
記憶には、水彩によるバリエーションがあったように記憶しています。

モランディの水彩のドローイングにも輪郭線はありそうにありません。

セザンヌの素描には、水彩とわずかな鉛筆の線描が入っていた憶えがあります。

パリのポンピドーセンターでドガのパステルの素描を見たことがありました。
パステルの線描は、指で柔軟に消すことが出来る優れた描材です。
反面保管に神経を使わなければなりません。

ということで、ドローイングにはさまざまな材料と技法の可能性があるので、
最初から完成度の高い決定的なものを制作しようとする欲を、
払いのけることにしました。

さまざまな手法や材料を、じっくりひとつひとつ噛み締めながら、
常に挑戦し試して行くという心構えを大切にして行きたいと思いました。

そして、3番目の問題。
白い線描のドローイングで、私が知っている唯一の作家がマーク・トビーです。
私は2005年のケルンのアートフェアで直接作品を見てから、
ずっと頭の片隅にこの人の作品があるのです。
ドイツの古本屋でみつけた、かなり印刷の質の悪い画集を持っているのですが、
そこにトビーのインタビュー記事が掲載されていて、
しきりにwhite lineの美しさに魅せられていることが語られています。

白く細い線描は、言うは易しで、制作には様々な準備が必要です。
一番重要な点は、紙の色が白くては、見ることが出来ないということです。
最初は、アルシュ紙に黒いジェッソを塗ってみることにしました。
しかし、時間が経ってジェッソが乾くと紙が収縮して反って来てしまいます。
この問題には、解決方法があり、最初からジェッソを塗ってある紙や、
厚いボード状になっているしっかりした紙が市販されています。
いくつか取り寄せてみました。
しかし、ジェッソが塗ってあるものに鉛筆を走らせると、
またたくまに芯が摩滅します。
むしろパステルなどに向いている素材と思いました。

いろいろな紙を押し入れから出して来たり、買い求めている中で、
キャンソンミタントという紙に辿り着きました。
約50種の色味が用意されています。
表も裏も使うことができ、コットン60%で丈夫という定評。
そして、いつの間にか廃盤になってしまうことがなさそうな点も重要だと思います。
しっとりしたグレーからクールなグレー、ダークグレーとバリエーションも豊富です。
そして、表の凸凹面となめらかな裏面の両面が使用可能とのこと。
鉛筆の線を活かすために、私は裏面を使うことにしました。

グレーの紙の上に白い線を乗せると、
はっとする程、紙色が変化します。
つまり、完全なモノクロームというグレーはこの世に存在しないので、
内包するわずかな色味が白との対比で際立ってくる現象が起きるのです。

鉛筆、ペン、パステル、コンテ、といろいろな描材を試してみても、
かなりの万能な度量の深さを確認することができました。

この122番のキャンソンミタントでドローイングの一つの方向性が見えて来ました。
鉛筆とアクリルガッシュの白い線を中心に、その他作品毎に他の描材も試しているところです。

キャンソンミタントの色味を決めるに当たって、
キャンソンを輸入されている㈱マルマンさんの
インターネットサイトに問い合わせたところ、
とても親切なサポート情報を送って頂きました。

http://www.e-maruman.co.jp/

ご協力が、ドローイング制作へ進む後押しとなりました。
心からお礼申し上げます。

また、さまざまな白の描材や紙の購入に当たって、
3人の方々のご寄付から、合計13000円分を使わせて頂きました。
厚くお礼申し上げます。

次回は、白の描材について書きたいと思います。

2015drawing

キャンソンミタントで制作したドローング 2015