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展示解説ーハッチングから油彩画へ

「千年の翠」展では、スクラッチからハッチングヘ、
そして油彩という変化を一同に見せることが出来ました。
これらの変化を比較できるというのも、今回の展覧会の見どころです。
前回、スクラッチ技法を使うようになったきっかけを書きましたが、
では、ハッチングは?油彩画になったきっかけは?という質問がありそうです。

ハッチング技法は、私が学生時代に、ウィーンの美術アカデミーを訪ねた時に、
その技法に魅了されたのがきっかけです。
日本からの留学生と学生食堂で親しくなって、
研究室でテンペラによるハッチング制作を見学させてもらったのです。
その時に描かれていたモチーフは、宗教的な内容でした。
これが抽象的な表現であったら、
国境を越えるような普遍的なテーマになるのに、と感じたのです。

その想いが、現実の作品になるまでに、とても時間がかかり、
10年以上道草してしまいました。
それでもその想いは決して褪せることはありませんでした。
実は、ハッチングが上手に出来なくて、
スクラッチにしたというのが当初の正直なところでした。
ところが、ハッチングが上手にできるようになって、
ハッチングに切り替えた時に、スクラッチ作品のファンからは、
絶縁状のようなお手紙を頂いたりして、
なかなか世の中厳しいものだと感じたものです。

しかし、この経験から重要なことを学んだのです。
珍しさや技術的な上達に感動する人ではなく、
むしろ「下手とか、未熟がいくらでも帳消しになってしまうようなことを見てみたい」と言えるような人に出会いたいと。

そして、更には人間を短絡的に一つの偏った見方で、
固定するような見方ではなく、
人間の多様性を繊細に感じて楽しめる人と出会えるように
作品を描いていく必要がある。
そのように思えるようになって行ったのです。

確かに見る人にもいろいろなタイプがあって、
柔軟性のある人とそうでない人がいるのは仕方がないことです。

私自身も長らく、好きになれなかった作家で、
シグマー・ポルケというドイツの作家がいますが、
この人の表現は決まったスタイルが全く無いように思えて、
変な作家だと思い込んでいたことがあるのです。
でも、ドイツのケルン郊外の現代美術館で見た作品に魅了されて、
その時につくづく、「スタイルなんて、確立しなくて全然いいから」って、
作品に向かってつぶやいたものでした。

その時から、「一つの手法やスタイルにしがみつくような作家にはなるまい」
という自分なりの掟のようなものを持つようになりました。
しかしそうは言っても、結構言うは易しで、
実際変化をこねくり回したところで、
そうそう思いのままになるものでもありません。
むしろ自分の生活や生き方から変えて行くことが大事だと実感します。

自分でも、ハッチング技法がある程度上達したところで、
むしろ上手に出来ないことをする必要があるな、
と思うようになって行きました。
本当は、自然に任せれば、どうせ老眼になって、
返って上手く出来なくなくてちょうどいいな、
くらいの気持ちを持っていましたが、
ハッチングのファンからすると、
そういうのは痛ましくて見たくないようで、
しきりに言われたのは、
「その内、目が悪くなって描けなくなるに違いない」
という、お節介な老婆心のようなアドバイスでした。

私自身としては、もう少し出来なくなるまで続けてもいいように思っていましたが、
そういうことに執着することは自分の掟に反すると思い、
あっさり油彩画に移ってしまいました。
もちろん、画材の問題や、その他いろいろなことが数珠繋ぎに
そうなるように流れて行ったのです。

その時も、当初はお叱りのようなご意見を頂いたりして、
「そんなにハッチング作品を愛してくれるようになったのだなぁ、ありがたい」
とつくづく感じることが出来ました。

私は若い頃から一人旅が好きです。
国内だけでなく、海外も「地球の歩き方」を片手に、
バックパッカーして来ました。
その経験から最も学んだことは、
「人生は持ち物が少なければ少ないほど、長く、自由に生きられる」
ということです。
そして、家に帰ると、いかに不必要なものに囲まれて生活しているか、
とても反省します。

絵画制作も同じです。

しなくても良いようなことを、ついあたかも重要なことと考えがちです。
自分の作品は、こうでなければならいという決めつけもありそうです。
これらはみな執着で、自分で自分を苦しめることになります。
そして月日が経って、
「何で自分はこんなものを大切だと思ってたんだ!」と、
反省するわけです。

なるべく単純で、大らかで柔らかく、
それでも滲み出てしまう自分があればそれで十分です。

今となっては、なぜ素直に油彩画で制作しようとしなかったのか?
と、自分に問うと、つまらないような答えしか出てきません。
それよりも、あの瞬間こそが私が画家となる本当のきっかけでした。

それは、高校生だった時。
荒崎海岸からの帰り道。
何気なく通りかかった横須賀の画材店のウィンドウで、
大きな木箱入りの油絵具セットに釘付けになったのです。
確か記憶では、当時23000円でした。
心からどうしても欲しいと思い、
なぜかその時も、それを買えるようなお金が、
偶然舞い込んで来たのでした。

今も昔も変わらない(苦笑)

その瞬間が私の油彩画の一つの原点です。
ようやくまた初心に戻って、
一から始めることが出来る自分になれたのです。
何枚も何枚も、余計なものを剥ぎ脱いで、
油彩画で自分の本当を描きたい、
それが率直な今の気持ちなのです。