川田作品が大きいスペースで展示されると、必ず監視の目を潜って、
手で触る人が続出します。
「スクラッチの傷って、どうなっているの?」とか、
「キャンバスが膨らんでいるみたいに思うけど、大丈夫なの?」
「ここに何かが浮いているみたいなんだけど...」
ということのようです。
小さい子供が絵の中に突進して行ったこともありました(汗)
危ないから、気をつけ下さいね。
そして、美術館では、絵画作品は絶対に触れてはいけないことになっております。
くれぐれもご注意下さい(苦笑)
おそらく、見るというよりも、無意識で肌で感じて頂いているのでしょう。
そのことは、実は内心嬉しく思っていることでもあります。
この時代は、バーチャル世界が益々広がりを見せていますから、
今後はリアルな世界がよりリアルでなければならない理由が、
問われ、求められる時代になることでしょう。
その時に、「絵画が映像や画像にはない、彫刻である部分」
がクローズアップされるのではないか?そう私は感じていて、
初期のスクラッチによる彫刻的な触覚を刺激する表現や、
画材の材質感へのこだわりを持ち続けて来ました。
私はもともと「彫刻は絵画的に、絵画は彫刻的に」
と、表現されている作品が好きです。
それは色々な作家が試みていることです。
例えば、イタリアの彫刻家でマリーノ・マリーニという人がいますが、
その人の人体像には装飾的な線が刻まれていて、
近くでそれを発見した時に、とても大きな喜びがありました。
「もっと近くに来て、来て」って、囁かれているようでした。
このような親しみを感じた作品は、後にも先にもありません。
イタリアと言えば、ルーチョ・フォンタナの油彩画は、
「空間概念」シリーズで有名ですが、
彩色されたキャンバスが痛々しくも潔くスパッと切り裂かれていて、
絵画に新しい空間概念を生み出しました。
キャンバスの物質の奥に、広がる宇宙があることを教えた画期的な表現です。
その同時代に、メダルド・ロッソという彫刻家がいて、
この人の作品はちょうど、
ソフトフォーカスを彫刻が取り入れたらどうなるか?
というようなことに挑戦したかのような作風です。
ミツロウという材質を上手く操って、
ものの輪郭が溶けて、曖昧な液状化した表面から、
リアルな存在が浮かび上がって来ます。
私は、これらの作家の作品を見に、イタリアを訪ね歩いた時があり、
とても強い影響を受けたことがありました。
触覚を意識するだけで、
まだまだ絵画の可能性が広がるのではないでしょうか?
キャンバス一つをよく手で触ればわかることですが、
布の織り目の細かさ、麻糸の太さ、糸の撚りの精度などによって、
様々な風合いの異なるキャンバス布があります。
また、その上に塗布される下地材を何にするかによっても、
描き心地、筆の走り具合、色の発色が全く違って行くものなのです。
便利を歌う既製品のキャンバスが沢山出回っていますが、
やはり、そういうものの上にいくら絵の具を覆っても、
安価な下地が必ず表面に浮き出てしまい、
どの作品も同じ物質のままで止まってしまっています。
戦中戦後の画材の乏しい時代を背負った作品たちを見る時に、
今に続く画材研究の意識の低さ、不幸な歴史を感じることが多いです。
安価で壊れやすい画材を使う方がカッコイイ、
とさえ思われていた節もありそうです。
決して、それをお手本にしてはならないし、
その時代は、仕方のないこともあったわけですが、
画材を安く抑えることは、決して美徳を誇ることではありません。
なるべく長く残るような作品にしなければならい、
そう思って画家は食事代を削る方を選ばなければならないはずです。
今回発表している作品で、キャンバスを使っていて、
側面が生の麻の色のままにしてある作品は、
生の麻布にうさぎ膠が塗布されているものです。
このうさぎ膠とは何かというと、
麻の布目の隙間を埋めて、
裏面に絵の具が滲み出さないようにする効果や、
絵の具をスムーズに塗りやすくしたり、
油絵の具の油の酸化で麻が痛まないようにする効果、
そして、この黄褐色の透明な下地材を活用して、
上に塗る絵の具の色味によって、
複雑で深い色を研究することも出来ます。
このうさぎ膠がどのようなものであるかを、
今回の展覧会と同時開催の「自然と美術の標本展」で見ることが出来ます。
今では、とても高価で貴重なものなので、必見です。
その他絵の具の顔料など、
画材が自然の様々な貴重な物質で出来ていることが紹介されています。
横須賀美術館へはなるべくお昼を挟んで、
午前中からゆっくりとお楽しみ頂けましたら、幸いです。
追伸
長野に戻ってから、DMの郵送手配に追われていました。
今日ようやく第二便100通を投函することが出来ました。
ご案内状が、十分に届いていないかもしれませんが、
このブログや横須賀美術館のHPを見て、是非展覧会をご覧ください。
本日11日、ご寄付1万円と共に、お菓子と崎陽軒のシュウマイが届きました。
横浜市のH様、いつもご支援、ありがとうございます!
Hさんとは、私が2007年に入院した際に、
偶然の出逢いからお知り合いになりました。
たまたま最後の1日だけ、別室に移されて、その一夜だけ、
お話ししたことから、今日までご縁が続きました。
これほどまでに美術に興味を持って頂ける人とは、
全く思ってもいなかったことでした。
心からお礼申し上げます。