2003年に静岡県立美術館の『きらめく光展ー日本とヨーロッパの点表現』に出品した『bio-memory』(2002-3制作)という作品が、再び静岡で展示されることになりそうです。この作品は、もともと同美術館の企画のワークショップ『メモリアル・コラージュ あなたの思い出を下さい』で制作されたコラージュの作品146点に私がアクリルガッシュを難色か上塗りして乾かした後、スクラッチで絵具層を掻いて、思い出のコラージュを部分的に浮かび上がらせるようにして仕上げた作品です。

このワークショップは美術館の作業室からはじまり、中学校、高校、公民館などに出張して、さまざまな年齢の方々に参加してもらいました。そもそもそのワークショップをするきっかけは、2002年に静岡県三島市の商店街で展示発表した『bio-unite(呼び水)』という作品の由来にあるのではないかと思っています。もともと20x20cmのパネルの40点からなるこの作品が、『呼び水』と名付けられたのは、水の町と言われる三島で、次のような話を商店街の店主に伺ったからです。三島では昔から雨が降る前から、コンクリートや岩などの細かいひび割れから水がしみ出て来るので、それを見ると、雨が呼ばれると思うそうなのです。そのような話しの由来から名付けられたこの作品は、次に『bio-memory』という作品を呼んだと言えます。

そのようにして制作した作品が、今回は、共同制作者が実際にこの作品の制作を手伝って頂いた同じ場所に、偶然展示されることになりそうなのです。私はそれを知らされて、作品そのものの記憶とストーリー性、あるいは歴史(history)ということを考えてみました。
そもそも、共同制作をした場所にこの作品が再び展示されるなど、思ってもいなかったことです。『bio-memory』は、作品自体が動きながら歴史を記憶していく運命を持っているのかもしれません。あるいは作品内に故郷の記録を持っていることがそうさせるとも言えます。ストーリー性を持つ作品とそうでない作品があるとして、その存在の強さは歴然としています。しかし言い訳のような故意につくられたストーリーは作品を損ねることがあるかもしれません。作品が生まれた由来ということも、もっと真剣に考えてみなくてはならないと感じています。ストーリーを表現するのではなく、作品が自ずとストーリーをつくっていくことがあるかもしれないのですから。
例えば、作品が旅をすると考えただけでも胸が躍ります。それはもっと飛躍して、今世間を騒がせている、『刺客』とか、国会議員の『地方の利権』との癒着などと交錯させて考えてみることもできるかもしれません。(ここでは、過激になる可能性があるので、深入りはしません。)
人は故郷に自由を奪われることもあるのでしょうが、また故郷を失うことの痛手、あるいは異邦人として生きることの浮遊感、違和感は、故郷から離れることにより生じる負の力も強いものです。そこにさまざまなドラマがあり、その人間の存在を意味付ける、大きな力が働いている情景が目に浮かんで来ます。
作品の生誕にも何かこのような強い力が必要です。何気なく漠然と生まれ続ける作品ではなく、死の淵から這い上がって生まれてくるような強い存在の理由。自分の存在を制作でしか確かめられないような生き方とか…….。
例えばイサム・ノグチが、自分の血の中に流れる母親から受け継いだ日本という文化、それを制作する作品の中で確かめたいというような切実な思い。

私にとっては、国とか故郷というような土地にまつわるものではなく、生命体の宿る場所、あるいは戻っていく場所に関わる『雨』や『水』『海』が、自分の身体の中にあることを、制作しながら確かめていると言えます。そう自覚するとき、水の町三島や柿田川の源泉と出会ったことは、私にとって特別な意味があるのです。生命=水=雨は呼ばれるという安堵感を私に与えてくれただけでなく、水は大地の底から力強く絶えず湧き出てくることを教えてくれるのです。

また、私は海の波音を聞いて育ち、そのリズムを受け継ぐだけでなく、海と砂浜とのはざ間で、海からもたらされるものと浸食とのせめぎあいを制作行為に受け継いでいます。

父は灰となって海に還って行きました。その父の灰を思い、大海の底を探ろうとしない日はありません。