展示作品 『sea and ink stone 硯海』
2006年作 スクラッチ キャンバス アクリルガッシュ 227x91cm4枚
Photo by : Hideto NAGATSUKA
Place:Kaneko Art Tokyo
『sea and ink stone 硯海』を制作した2006年は、実家の横須賀と当時住んでいた相模原を頻繁に行き来しました。父が2000年に他界し、実家を手放すことになったからです。長らく手つかずにしてあった遺品を整理するのは、本当に大変でした。どれもが父が生きた存在の証だったからです。
残されたもののひとつひとつに、父との思い出が蘇りました。そして「もの」ではなく、その記憶が尊いということを教えられました。「物質から決別し、記憶へと変化させなければならない」そう実感したのでした。
そうは言っても、手放すのをためらったものが、いくつか残されました。その一つが硯です。硯海の手前に、磯辺に遊ぶ蟹が繊細に彫り上げられた逸品でした。幼い頃の私は、本物の蟹が石のように硬くなったので、硯にくっつけたのだと思っていました。ですから「どうやって蟹をここに付けたの?」と尋ねたことがあります。父の説明から、「彫り物」というものをはじめてその時知りました。それは硯でありながら石の彫刻でもあったのです。しかしそれよりも驚いたのは、その硯が海だという話しです。
昔の中国では、墨をためる硯のくぼみを「硯海」とし、墨を擦るところを浜に見立てたというのです。ですから、その硯の作者はそこに蟹が戯れているということをそのまま表現したのです。
寄せては返す波、波に洗われて磨かれる砂...。
書家は自然と一体となって、墨を擦るのです。
父とよく浜を歩きました。裸足になって、浜を歩くのです。すると、本当にその意味を実感できたのでした。波や砂は私の足を磨き、ツルツルにして行きます。長沢の浜の海水を含んだ波打ち際は、固くしまり、滑らかで、黒々としています。そして、夕陽が当たると、砂のひとつぶひとつぶがキラキラ光り、まるで硯のような質感なのです。
そして、私自身の制作の仕組みを振り返ると、この硯の仕組みに重なっていることに気づきます。キャンバスに何度も何度も地塗りをした後、水とサンドペーパーで、平滑に磨き上げ、さらに何度も何度も様々な色を平塗りしてから、カッターで絵具を剥ぎ取っていくのです。このプラスとマイナスは、まるで、寄せては返す波と一体になって制作しているように思うことがあります。
制作の仕組みだけではありません。そこに見えて来る景色も同様です。
私は子供の頃から、木の節くれや、壁のシミをじっと見ていることが好きでした。なぜ好きかというと、じっと見ていると、いろいろなものに見えるということもありましたし、ある時全く違うものに見える瞬間があって、不思議でならなかったからです。それは、私にとって、普通に描かれた絵よりも、リアルで見事な絵に思えました。
やがて大人になってから、それと同じ事が、お茶の世界にあることを母から学びました。茶碗に「景色」があるのです。別に風景が描かれているわけではありません。炎がつくる焼き斑のようなものでも、茶人は風景に見立てて、「景色」とするのです。それがお茶を飲み、ふとリラックスした時に、突然目の前の茶碗から立ち上がるように見えることがあるのです。
私にとっての「景色」とは、抽象化された「風景」のことです。
最近は、制作の上で見えて来るこの「景色」をやや「風景」よりに描き起こすようにして制作を進めています。
世の中は、絵をじっくり「問い」ながら楽しむ時間がないように思えるからです。人はすぐに「答え」があるものを渇望しています。
本当は「問い」こそに、自分の存在を確かめられる重要な秘密が隠されているのに、残念なことです。自分とは切り離されたところからもたらされる「答え」ではなく、自分の中から自分の「答え」を引き出す絵、そういうものを私は制作して行きたいと思っています。
ですから、「景色」と「風景」の間で、その時々の微妙な揺れ動きが起きます。その振動をバネに、制作を展開しているとも言えます。
寄せては返す波と戯れるようにして....。
横須賀美術館所蔵品展「横須賀・三浦半島の作家たち」
会期 4月7日(土)~6月3日(日)
開館時間 10時~18時(但し、4月28日~5月6日 10時から20時)
休館日 5月7日(月)
展示会場 横須賀美術館 地下常設展示室
入館料 こちらをご覧下さい。
お問い合わせ TEL: 046-845-1211(代表)
ホームページ http://www.yokosuka-moa.jp/
同時開催 『開館5周年 国吉康雄 展』4月28日(土)~7月8日(日)
*先着10名様に、横須賀美術館企画展、同時開催の「国吉康雄 展」の招待券をプレゼント致します(お1人様2枚までとさせて頂きます)。
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信州アトリエ STUDIO KAWADAから、送料無料でご招待券と案内状をお送り致します。
追伸
横須賀の展示に合わせまして、東日本橋のKANEKO ART TOKYOにて小品が販売されています。
2002年のスクラッチを中心とした、今では貴重な作品です(写真中央)。
ご興味のある方は、是非下記までお問い合わせ下さい。
〒103-0004 東京都中央区東日本橋1-7-6メリットビル1F
TEL:03-6240-9774
kanekoag@axel.ocn.ne.jp