キャンバスは、湿度の高いヴェネツィアで、板絵の不安定さを解決するために、船の帆布を使うようになったことから広まった、という伝承があるようです。

絵画の支持体は何が理想か?
制作をはじめた頃は、板絵に憧れて、さまざまな試みをした時期もあります。
しかし、結局はキャンバスに戻ったのでした。
キャンバスには、長い歴史の中で伝わって来たなりの理由があり、素直にそれを認めざるを得ないと実感したのです。
保存、運搬、展示、全てに渡って、これ程すぐれた仕様はないと思い至りました。

下の画像はキャンバスを張る時の道具です。
布を引っ張るのにブライヤーというものを使います。
私のキャンバスはいつも周囲にタックスを見せないフローティング・キャンバス 。
これにはフローティング・キャンバス専用のブライヤーがありますが。。。。
その道具が普及する前から自分の方法でつくって来たので、その方法で今もキャンバスを張ります。
150号(227x182cm)の大きさでも、このアトリエで自作します。

*上:タックス
左から:ブライヤー(大)・タックス(釘)抜き・ハンマー・ブライヤー(小)・ガンタッカー
 
キャンバス用麻布は、兎膠引きの目の細かいフナオカ。
木枠は木組みの仕方が丁寧なマルオカ。
キャンバスタックスは、ステンレス100%で錆びないフナオカ。
素材の吟味をしながら、ここにたどり着きました。

裏面にタックスが並びますので、ヘリはフラットでクールなのです。
ガンタッカーで止める人がいますが、タックスの方が断然長持ちです。

   

*左:キャンバス裏  右:タックスの見えないキャンバス側面(=フローティング・キャンバス)

麻の生キャンバスは、そのままでも美しい。
この兎膠引きの麻布は、古典技法のテンペラ画 の基底材に使われています。
高価なもので、10mx110cmのロールで7万くらい。
これにこだわるのは、膠で目留め処理をしてあるので、平滑な画面が形成されやすいからです。
また、アクリル絵具は油絵用のキャンバスを使ってはならないという原則があります。
従って、油絵用にリンシードオイルを加えた白い地塗りの施しているキャンバスは使用していません。

大作の場合のみ、フナオカのアクリル用地塗りキャンバスを使います。
理由は、兎膠引きの麻布は、固く伸びがやや弱いため、張りが少ないのです。
張りが弱いと、画面にたるみが生じる危惧を感じていて、使っていません。
アクリル用地塗りキャンバスは、目があまり細かくないので、それだけ地塗りの研磨に時間がかかります。

キャンバスは、おおまかに麻布と綿キャンバスとあります。
コットン・キャンバスは、アメリカ抽象表現主義の作家たちがよく好んで使っています。
でも綿の風合いにこだわりがある以外は使わない方が無難。
日本の湿気には不安定ですから。
麻は防虫(というか虫の歯がたたない)、朽ち難く、湿気による伸び縮みが少い。

アートには、「素材を生かす制作」と「素材を超越して新たな価値観を生む制作」方向とがあります。

とすると、私のこの制作は後の方。
これが今後、ガラスや絹を使って行くと、制作の方向性が前の方に移行するのです。

F3キャンバス、3枚完成。 もうこんな時間に。。。

*タックスが見えないキャンバス3枚側面

キャンバスを張る行為はひとつの船出儀式。
帆を張り、新たな航路を目指して、大海へと出航するのです。

以上は、2010年4月11日にtwitterで私のキャンバス制作についてつぶやいたものを拾い直して、まとめたものです。