怪我の療養期間に、改めて自分自身や制作について見直し、頭の中を整理しているところです。
制作のコンセプトについて、これまであちこちに断片的に掲載されたり、言葉で語って来たことをなるべく短くまとめて、新しくつくったkawadayuko studio shopのサイトに常にも掲載しておくことにしました。
【作品制作コンセプト】
私の作品は、見る人によって、いろいろな見方ができることが重要です。
そして、見る人が最終的に作品を完成させるのだと、私は常々申し上げております。
一つの作品をめぐって、見る人の人数分の解釈があることで、作品に多角的な物語が加えられて行きます。
その物語が一人歩きして、さらに多くの人を惹き付けて行くことが望まれます。
そのために、私はなるべく見る人のつくりあげる余地を残すようにしたり、重要なコアだけを抽出するようにしています。
作品の解釈に正解の答が無限にあることが望ましいのです。
「抽象絵画」とか「現代美術」というと、大変難しくわかりにくいと感じる方でも、私の作品の前では、様々な思い出を語られ、「どこかで見覚えのある風景」「自然を感じる何か」「動物のようでもあり、人が見える場合もある」と口々に言って頂けます。
一見すると、私の作品は、風景画のようであり、「自然を感じる何かを手がかりに描かれている」と思われ方がいるようです。しかし、制作に参考にする写真やスケッチ、下絵等も使いません。
全くの真っ新な状態から、キャンバスに即興的に自分の無意識の中に眠っている、自分が見たい美を、
少しずつ細かい線を重ねながら、目に見えるようにして絵画にして行きます。
それは例えば、人は「山に登って美しい風景を見たい」と山に向かい、その景色に感動して帰って来ることがありますが、この場合本当は、山を登る前から人は、見たい風景というものを、あらかじめ持っていて、それを確認したくて山に登ることがあるのではないか、と私は思うのです。
そのあらかじめある漠然としたものこそが、美のエッセンスであり、私たちが美という理想を知っている証拠ではないかとすら感じます。
しかしそれは言葉にならないものですから、そこで私は「それは、こういうものではありませんか?」と描くのです。
そして、少し時間をかけて見て頂く内に「そうそう、私の中にもこういうものがある」と共感して下さるようなのです。
何が描かれているかが、わかりやすい絵画は、安心な世界と思われるかもしれません。
しかしそういう絵画は、最初の印象は強くても、長く付き合って行くことは難しいのではないでしょうか。
そういう意味で、私の作品は長く見ていたいと思って下さる人が多いのが特徴です。
見る時々によって、見たいものの変化に対応出来る、多面性を持つ絵画だからです。
そこで、「固定したある何かでははく、はっきりしたものではないけれど、なぜだかわかりやすい」とおっしゃって頂くことになります。
私の作品を通して、現代絵画に興味を持って頂くようになった例が、これまで沢山ありますが、
「このような作品は、意外に他に無いものですね」とも言って頂ける作品です。
そのような喜びに支えられて、ここまで制作を続けて今に至ります。
新サイトも毎日少しずつ情報を増やして、サイトでも作品をいつでも楽しんで頂けるように手を加えているところです。お時間のある時に、是非お訪ね下さい。
kawadayuko studio shop